セラピスト歴20年を振り返る④【就活編】見事に回収された死亡フラグ。「客として来すぎ」で不合格になった男の涙と、鬼の研修の幕開け
フットセラピーの就職試験が終わった翌日。運命の電話が鳴った。
「はい! もしもし!」
受話器の向こうにいたのは、前日面接をしてくれた店長だった。 しかし、話の本題に入る前に、私は得体の知れない嫌な予感に襲われていた。
暗いのだ。声が。 明らかにこれから「おめでとうございます!」と祝福する人間のテンションではない。
そして、重苦しい沈黙のあとに告げられたのは——
「今回は、ご縁がなかったという事で……」
お決まりの断り文句。 その瞬間、私の頭の中は真っ白になった。無理もない。何せこちらは受かる気満々で、前日の夜には彼女と盛大な「前祝いパーティー」までやらかしていたのだから。見事なまでに回収された死亡フラグである。
さすがに凹んだ。悔しくて、悔しくて、気づけばポロポロと涙がこぼれていた。 何が悪かったのか、理由すらわからないまま突きつけられた不合格。この先どうしていいかわからなくなるほどショックを受けた。
……ちなみに、なぜ私が落ちたのか? その明確な理由を知ったのは、それから約十年後。当時のスクールの先生と再会した時のことだった。
『ああ、あの時ね。君、お客さんとしてお店に来すぎていたからだよ』
なんやそれ! と、思わずツッコミを入れたくなる理由だが、自分も経営や人事に携わるようになった今なら、その判断が痛いほどよくわかる。 たしかに、お店の熱狂的なヘビーユーザーは、社員としては少々扱いづらくて採用をためらってしまうものだ(笑)。
話を当時に戻そう。 とはいえ、不合格は不合格。終わったことをいつまでもクヨクヨしていても始まらない。 一日だけ人生のどん底まで落ち込んだ私は、翌日からは誰よりも早くスクールへ行き、猛練習を再開した。
「俺を落としたことを、絶対に後悔させてやる!」
若さゆえの青臭い反骨心で息巻いていた私は、新しい就職先を探し始めた。 しかし、当時はリラクゼーション業界自体がまだ発展途上。求人も数えるほどしかなかった。私はピックアップした二、三の店舗へ実際に客として足を運び、その中で一番良さそうだった「トータルセラピー」に応募することにした。
トータルセラピーは地元・名古屋発祥のチェーン店。足つぼだけでなくボディケアなど多彩なメニューを展開し、主にショッピングモールなどに出店している、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのイケイケな会社だった。
就職試験は面接のみで、実技テストはなし。 不採用の悔しさから無駄にやる気に満ち溢れていた私は、面接官に向かって「ゆくゆくは店長や、スクールの講師をやりたいです!」と熱弁を振るったのを覚えている。 実はこの時の大口を叩いた発言が、後の私の人生を左右する大きなターニングポイントになるのだが……それはまた別の話。
結果は、無事合格。 第一志望に落ちた時の絶望はあんなに鮮明に覚えているのに、受かった時の記憶はほとんど残っていないのだから、人間の脳とは現金なものである。
そうして就職先も決まり、いよいよスクールの卒業が近づいてきた。 振り返れば、このスクールでは台湾式リフレクソロジーだけでなく、英国式リフレクソロジー、小顔矯正、オイルマッサージ、タイ古式マッサージ、バウエルセラピー(腸もみ)など、幅広い技術を学ばせてもらった。 研修日数が限られていたためあくまで基礎レベルではあったが、ここで触れたオイルマッサージの技術が、現在の「りらくりあ」の礎として少しでも役に立っていると思えば、決して無駄ではなかったと思う。
あっという間にスクール生活は終わり、卒業の日を迎えた。 式の記憶はやはり薄れているが、ふとした瞬間に「あの頃の同期たちは、今も元気にやっているだろうか」と懐かしく思い出すことがある。
卒業後は息をつく暇もなく、すぐにA社での研修がスタートした。 私と同じくスクール生だった同期のMさんも同じ会社に入社が決まり、二人揃って五日間の研修に臨むことになったのだが……。
そこで甘ちゃんだった私たちを待ち受けていたのは、和気あいあいとしたスクールとは次元が違う、まさに「鬼」のような地獄の研修だったのだ。
こころと体が癒される…
極上のアロマオイルトリートメント
出張サロン りらくりあのホームページはこちら!

女性の遊び場情報!「@小悪魔」にも掲載中です!
お得な割引情報も掲載中!

